【和歌山】 紀伊半島に甚大な被害をもたらした台風12号

災害支援

2011年9月に紀伊半島を中心に甚大な被害をもたらした台風12号。死者・行方不明者は100名を超え、台風災害としては、平成最悪の事態に。三重県を中心にEM活動に取り組む「EMわくわくネット三重」では、那智勝浦町、太地(たいじ)町など、水害にあったほとんどの地域の被災された方々から要請を受け、EMを散布しました。この活動は、2004年に三重県海山町を襲った台風21号による水害の経験を活かし、各地で活動する皆さんにEM散布の重要性を呼びかけたところ、被災地からEM散布の要請があり、始まりました。

取材日:2011年9月13日

記録的な豪雨による住宅被害にEMが大活躍

世界遺産・熊野古道、日本三大名滝・那智の滝。海、川、山などの自然が多く残り、人々の歴史と自然が共存して育んできた那智勝浦町。訪れる人は神々への巡礼と海の幸・山の幸・温泉に癒される町ですが、台風12号によって町は一変しました。

那智川が氾濫し、多くの死者が出たこの町の中でも、最も被害が大きかったのが井関地区、市野々地区。この地区では、住民の多くが行方不明となっていました。9月3日の夜までの降水量は20mm/h程度。ところが、4日の午前2~3時台で、降水量は一気に100~120mm/hに跳ね上がりました。
那智川の濁流が押し寄せた
那智勝浦町井関地区
前日の雨もあって、一気に増水し、みるみるうちに町が水没。ライフラインも閉ざされ、支援作業日(9月13日)の前日にやっと電気が復旧していました。水道はまだ止まっていて、住民の方々は自衛隊の給水車や山の水を利用していた状態。道路は粉塵が舞い上がり、家の中にはヘドロがたまり、流木が壁を突き抜けてきたお宅も。

EMわくわくネット三重の特別レシピでできたEM活性液にEMセラミックスを混ぜ、動力噴霧器で床下、家の周り、壁、庭などに散布。ヘドロの分解促進と悪臭軽減に威力を発揮します。
家の中にたまったヘドロ

EMでカビや薬品の臭いも軽減

太地町は和歌山県の南端、紀伊半島の東側に位置し、黒潮躍る熊野灘に面し、霊場熊野の山々を後に控える自然豊かで、歴史と文化を継承する港町です。日本における捕鯨発祥の地とも言われています。

伊勢湾台風や2001年の台風11号でも床上30cmの浸水被害があったこの地区は、古くから水害と付き合ってきた土地でもあります。そのため、多くの家は180cmほどの石垣の上に家が建てられ、縁の下には修理用の木材がストックされていました。

ここに住んで50年以上になる女性にお話を伺ったところ、「こんなにヒドいのは初めて。足が悪いおじいさんを助けるのに必死でした。水位がどんどん上がってきて恐ろしかったけど、ここで死んでたまるかという思いで柱にしがみついて生き伸びました」と話してくださいました。
赤い線の所まで水没したお宅(左)
庭へのEM散布(右)
那智勝浦町の井関地区・市野々地区ほどヘドロや岩などの被害はありませんでしたが、石垣に建てられた家の1階部分も水没し、道路からの高さにすると、3~4mは浸水したそうです。木造の家が多く、すでにカビの臭いが立ち込めていました。また、地域に配布された消毒剤をまいているお宅もあり、薬品による刺激臭もありました。

縁の下から敷地全体に向かってEM活性液を散布し、カビ臭を軽減させ、すでに薬品をまいている上からでもEMをまくことで、薬品による刺激臭はほとんどなくなりました。
床下へのEM散布

和歌山でもEMを広めようと、「EMわくわくネット和歌山」の設立へ

EMわくわくネット三重のメンバーで和歌山県出身の岡本康男さん(写真左)も、台風の被害を受けた一人。1反5畝の田んぼで作った稲は台風で一掃され、

「朝起きたら何もなくなっていました。1年間一生懸命育てたのに、1反5畝からとれたお米は4俵。もう、笑うしかないですよね。でも、被災された方々からEMを散布してほしいと要請を受けて、今は地元のために活動に集中したいです」

とおっしゃっていました。今回の災害対応には、EMわくわくネット三重 事務局の小野薫さん、永田明彦夫妻も新宮市で精力的に活動されていました。その様子は熊野新聞にも掲載され、反響を呼んでいます。
EMわくわくネット三重のメンバー。右から世話人の小川さん、山路さん、岡本さん。
EMわくわくネット三重はこれまでもずっと、伊勢湾・熊野灘の浄化や環境教育活動に取り組んできました。今回の災害を受け、今後和歌山でもEMを盛り上げていこう!と、「EMわくわくネット和歌山」の設立の話になり、EMわくわくネット三重 世話人の小川敦司さん(写真右)と山路誠二さん(写真中央)から岡本さんに、期待が寄せられていました。


新宮市でのEM散布が熊野新聞に掲載(2011年9月13日付)